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福岡高等裁判所那覇支部 平成6年(行コ)3号 判決

沖縄県沖縄市中央三丁目一三番七号

控訴人

山岸正幸

右訴訟代理人弁護士

新垣勉

同県同市字美里一二三五番地

被控訴人

沖縄税務署長 金城弘男

右指定代理人

大西勝滋

阿部幸夫

原田勝治

宮城安

屋良朝郎

大城守男

桃原仁

宮里勝也

松田昌

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が、控訴人に対し、昭和六二年二月一七日付けでした控訴人の昭和五八年分及び昭和五九年分の所得税の各更正のうち、総所得金額が、昭和五八年分については二二五万四九四五円を、昭和五九年分については一五九万一四〇〇円をそれぞれ超える部分及び昭和六〇年分の所得税更正並びに昭和六二年二月一七日付けでした前記各年分に対する各過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

第二事案の概要

次のとおり付加・訂正するほかは、原判決事実及び理由欄の「第二 事案の概要」(原判決三頁末行から同六頁七行目まで。原判決添付別表1ないし5を含む。)に記載のとおりである。

原判決四頁四行目から五行目にかけての「別表1ないし3の「原告の計算」欄記載のとおりである。」を「別表4の「確定申告」欄記載のとおりである(乙一の1ないし3)。」に、同九行目(二箇所)及び同一〇行目の各「所得税額」を「新たに納付すべき税額」にそれぞれ改め、同五頁七行目の「国税不服審判所」の次に「長」を加え、同六頁四行目の次に改行の上「3 実額反証又は推計の合理性を争う趣旨での実額の立証」を加え、原判決添付別表2の「被告の計算」欄に一般経費率として「一八・二三」とあるのを「一八・二八」に改める。

第三争点に対する判断

一  推計の必要性(争点1)について

次のとおり付加・訂正するほかは、原判決事実及び理由欄の「第三 争点に対する判断」の「一 推計の必要性について」(原判決六頁一〇行目から同一九頁六行目まで)に記載のとおりである。

1  原判決七頁五行目の「被告は、」の次に「事業所得についての」を、同一〇頁末行の「採択されている。」の次に「したがって、控訴人が調査理由の開示を求めたことを理由として、被控訴人が実額調査を打ち切り、推計課税をしたのはその必要性を欠き違法である。」を、同一二頁一行目の「生じない。」の次に「したがって、民商の関係者が退席しないことを理由として、被控訴人が実額調査を打ち切り、推計課税をしたのはその必要性を欠き違法である。」をそれぞれ加え、同一二頁二行目の「推計の方法は」から同四行目の「即ち、」までを削除し、同一三頁五行目の「被告の主張は、結局、」を「被控訴人は、質問検査義務を尽くすことなく安易に実額調査を打ち切り、」に改める。

2  同一四頁一行目から同一九頁六行目までを次のとおり改める。

「所得税についての納付すべき税額の手続については、国税通則法一六条一項一号の申告納税方式が採られており、納税者に対して適正な納税額の申告義務を課して納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則としつつ、租税の公平確実な賦課徴収を図るためその申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が法律の規定に従っていなかった場合その当該税額が税務署長等の調査したところと異なる場合に限り、税務署長等の処分により確定することとされている。そして、後者においては、税務署長等による更正等の一定の処分のされるべきことが法令上規定され、そのための事実認定と判断が要求される事項があり、これらの事項については、その認定判断に必要な範囲内で職権による調査が行われることは法の当然に許容するところである。所得税法二三四条一項は、国税庁、国税局又は税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体制内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、前記職権調査の一方法として、同条一項各号所定の者に対して質問し、又はその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めている(最高裁判所昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁参照)。

本件においては、被控訴人は、本件各係争年分の申告所得金額の計算内容が不明確であり、右所得金額が控訴人の同業者と比較して過少である疑いがあったことから、所得を確認する必要があり、場合によっては更正を行う必要があると判断して控訴人に対する質問検査による調査を行うこととしたものであり、この点について違法はない。

ところで、右の場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法特段の定めのない実施の細目については、前記の質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量においては社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられており(前記最高裁決定参照)、調査理由を相手方に開示するかどうか、開示するとしてどの程度開示するか、あるいは、調査の際民商の関係者について立会いを認めるかどうかについても、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解される。これを本件についてみると、平良事務官らは、控訴人側からの調査理由の開示要求に対しては、確定申告の内容の確認調査を行う旨告げており、また、調査の際には民商の関係者の立会いを認めないこととしたが、質問検査は公権力の行使を内容とする事実行為であり、これにより取引先である第三者の秘密事項が立会人に知れるのは適当でないこと、税理士の資格を持たない第三者の立会いはその具体的態様如何によっては税理士法違反となる余地があること、納税者が自ら知悉している自己の経済的取引について質問検査を受けることによって、税務職員の一方的な指示に無条件に従わされる可能性が高いとはいえず、一般の第三者の立会権を認めた規定も存しないことを考慮すると、平良事務官らがとった質問検査に関する前記の措置は、社会通念上相当な限度にとどまり、その合理的な選択の範囲内にある適法なものである。したがって、控訴人らは、右の措置を受忍する義務があるのであり、それにもかかわらず、右の措置を受け入れることなく、被控訴人の行う調査に協力しなかったものであり、そのため、被控訴人は、本件各係争年分の控訴人の所得を直接資料により実額調査することができなかったのであるから、本件において推計の必要性が認められることは明らかであり、また、本件では、被控訴人において、後期のとおり適切な間接資料を取得し、これを基礎として推計の方法により事業所得金額を算出し、当該課税標準等又は税額等がその調査したところ(右事業所得の推計を含む。)と異なるとして、その調査により、当該申告書に係る当該課税標準等又は税額等を更正したものであり、本件各更正処分には控訴人主張の違法はない。控訴人の3(三)の主張は独自の見解であり、採用することはできない。」

二  推計の合理性(争点2)について

次のとおり付加・訂正するほかは、原判決事実及び理由欄の「第三 争点に対する判断」の「二 推計の合理性について」(原判決一九頁八行目から同三四頁九行目まで。原判決添付別表6ないし8を含む。)に記載のとおりである。

1  原判決二三頁八行目の「いわなければならない。」の次に「なお、証拠(甲八、九、一五の1671ないし1835)及び弁論の全趣旨によれば、昭和五九年分の売上原価の額は六八一万七九五八円、昭和六〇年分のそれは七七〇万七一五三円と認められる(甲九のショッピングセンター三月一一日欄の仕入れ金額一三五〇円とあるのは〇円の、同三月一八日欄の仕入れ金額四〇三八円とあるのは三〇七八円の誤りである。)が、この程度の誤差は右の結論に影響を及ぼすものではない。」を加え、同二三頁末行の「乙第九号証の二」を「乙第八、第九号証の各一、二」に、同二四頁六行目の「右各税務署長が右抽出基準に従って抽出した同業者の数は、別表8のとおり、本件各係争年分ともA、B、Cの三名であった。」を「被控訴人沖縄税務署長からは該当者がない旨の、北那覇税務署長から本件係争各年分ととも右の基準に該当する者は別表8のとおり三名である旨の回答がされた。」に、同末行の「沖縄税務署、北那覇税務署または那覇税務署管内」を「各税務署管内」にそれぞれ改める。

2  同二五頁九行目から同二六頁五行目の「設定したものであり」までを次のとおり改める。

「また、被控訴人が本件各更正処分の際に抽出した同業者の中には、本件各係争年分の右A、B、Cが含まれていたが、その抽出過程においては、住宅地域又は商業地域にない者や二四時間営業している者は除外し、アルコール類についてはウィスキー類を販売している者は除外し、ビールを販売している者は除外の対象とせず、さらに、従業員が三名未満又は一〇名を超える者は除外し、ゲーム機の有無、店舗内の座席数をも参酌した。したがって、本件各係争年分の右A、B、Cは、前記〈1〉ないし〈7〉の基準に加え、右の基準をも充たしているものである。

これらの基準は、控訴人の事業内容(なお、付言するに、甲一九及び弁論の全趣旨によれば、昭和五八年から昭和六〇年までの控訴人の従業員は五名ないし八名であったと認められる。)に基づき設定されたものであり」

3  同二七頁二行目の次に改行の上次のとおり加える。

「なお、前記裁決(乙七)においては、昭和六〇年分のBが除外されているが、それゆえに直ちに被控訴人の採用した同業者の抽出基準の合理性が損なわれるものではない上、右Bの除外はその売上原価三五九万円余が昭和六〇年分の控訴人の売上原価七七〇万円余の半分を下回っているところを見るといわゆる倍半基準を厳格に適用した結果によるものと推測されるところ、その基準を若干緩和したとしてもそれにより右抽出基準の合理性が否定されるものではないし、仮にBを除外して被控訴人の採用した方法により事業所得を推計をしても、大きな差異を生ずるものではなく本件更正処分による事業所得金額を上回るものであるから、裁決において昭和六〇年分のBが除外されたことをもって、前記の抽出基準の合理性を否定することはできない。

さらに、被控訴人の抽出した各同業者の売上原価率、一般経費率及び特別経費率についての偏差をみるに、本件各係争年分とも、各同業者の売上原価率はその平均値の上下三パーセント以内の範囲に、一般経費率についてはその平均値の上下六パーセント以内の範囲に、特別経費率についてはその平均値の上下八パーセント以内の範囲にそれぞれ収まっており、各同業者の売上原価に一般経費及び特別経費を加えた必要経費の売上金額に占める割合(経費率)について同様にその偏差にみるに、昭和五八年分はその平均値の上下三パーセント以内の範囲に、昭和五九年分はその平均値の上下八パーセント以内の範囲に、昭和六〇年分はその平均値の上下一〇パーセント以内の範囲にそれぞれ収まっており、いずれもかかる程度の偏差は右平均値の中に包摂されるものと解されるから、被控訴人が事業所得金額を推計するに当たり前記の売上原価率、一般経費率及び特別経費率を用いたことについては一応の合理性も認めることができる。」

4  同二九頁七行目から同三〇頁三行目までを次のとおり改める。

「そして、控訴人の主張に係る売上商品の単価内容及び構成の差異は右平均値の中に捨象し得るものであり、また、証拠(甲一ないし三、八、九、一九、乙一〇、原審証人仲宗根和夫、我喜屋盛幸)及び弁論の全趣旨によれば、パークアベニュー通りの改修工事前、工事期間中、工事完成後における控訴人の仕入れ金額の推移をみても、工事前及び工事期間中におけるそれが工事完成後のそれに比べ際立って少ないといえないし、控訴人の従業員の数も七、八人と大きく変わってはいないことからすると、右工事前、工事期間中における売上金額が工事完成後に比べて際立って少なかったと認めることはできないし、現に、控訴人の主張に係る売上金額をみても右工事の前後を通じて控訴人が主張するような変化は見出せないのであるから、仮に右売上金額に差異があるとしても、それは平均値による推計自体を不合理ならしめるものとはいえない。さらに、後記のとおり、昭和五七年九月当時の沖縄県内におけるコーヒー一杯の平均販売価格は二六七円であるところ、昭和五七年の控訴人の開店当時におけるコーヒー一杯の販売価格は三〇〇円ないし三五〇円であったことや右同業者を除いて推計を行っても結論が異なるものではないことを考慮すると、県内で一番の繁華街にある同業者を選択した点をもって、平均値による推計自体を不合理ならしめるものとはいえない。」

5  同三二頁一〇行目の「昭和五八年」を「昭和五七年」に、同三三頁六行目の「光熱水料」を「光熱水道料」にそれぞれ改める。

三  実額反証又は推計の合理性を争うための実額の立証(争点3)について

1  控訴人は、実額反証のため又は推計の合理性を争うために、売上金額、一般経費及び特別経費についてそれぞれ次のとおり主張する。

(一) 売上金額

控訴人は、顧客別の売上伝票を基に、毎日の品目別の売上個数を記載したものである売上帳(甲一ないし三、五)及び毎日の総売上金額を記載した日計表(甲六の1ないし18、七の1ないし24)を作成していたのものであり、売上帳記載の各商品の個数にその単価を乗じれば売上金額を算定でき、その結果と日計表記載の毎日の売上金額との差は年間三四万円ないし五三万円程度にすぎず、右売上帳及び日計表の信用性は高い。昭和五八年分の売上金額は、売上帳に基づき算定すると一五七九万円七二〇〇円となる。昭和五九年分の売上金額は、一月から九月までの日計表が存し、その月平均売上げ金額一四九万六七二三円であるから一七九六万〇七八六円となる。昭和六〇年分の売上金額は、日計表がすべて存するから、これによると二一二八万六五五〇円となる。

(二) 一般経費

経費帳(甲八、九)は、これに基づき被控訴人が売上原価を把握したものでありその信用性は高く、これによると昭和五九年分の一般経費は二七五万三二〇九円であり、昭和六〇年分のそれは三二四万四九五二円(又は三六七万四九一〇円)であり、昭和五八年分の経費帳は紛失したので右両年の平均一般経費率一四・七二パーセントを使用すると、二三二万三三七五円である。

実額立証が不十分であるなら、そのとき初めて類似同業者の一般経費率を使用すべきである。これによると、昭和五八年分は三六一万四三九九円、昭和五九年分は三六六万九三八八円、昭和六〇年分は四五〇万四二三三円となる。

(三) 特別経費

(1) 雇人費

給与ノート(甲一九)によると、昭和五八年分は四六四万三〇四二円、昭和五九年分は五九三万九九七二円、昭和六〇年分は七〇四万三三八八円となる。

(2) 減価償却費

控訴人は、昭和五四年、一階に本件店舗のある三階建建物(以下「本件建物」という。)の三階部分を四〇〇万円で、昭和五六年、本件建物の一、二階部分を一二〇〇万円で買い受け、三階部分を自宅として使用し、二階部分をアパートとして賃貸し、一階部分を本件店舗として使用している。本件建物の本件各係争年分の減価償却費は、三階部分につき年四万三二〇〇円、一、二階部分につき年一八万三六〇〇円の計二二万六八〇〇円となる。

(3) 支払利息

控訴人は、〈1〉昭和五四年、本件建物の三階部分を購入するため四〇〇万円を、〈2〉昭和五七年、本件建物の一、二階部分の購入資金及び運転資金として二〇〇〇万円を、〈3〉同年、設備資金として七〇〇万円を、〈4〉昭和五九年、運転資金として一五〇万円をそれぞれ借り入れた。これらの支払利息は、昭和五八年分が二三七万二四六六円、昭和五九年分が二一六万九二六五円、昭和六〇年分が二〇六万二八〇〇円である。

(4) 地代

本件建物の地代は、昭和五八年分及び昭和五九年分が各五万七〇〇〇円、昭和六〇年分が九万八五〇〇円である。

2  控訴人は、原審(第一回)において、顧客別の売上伝票に基づき、売上帳に毎日の商品別の売上個数を、日計表に毎日の総売上金額を記載した旨供述する。そこで、売上帳(甲一ないし三、五)及び日計表(甲六の1ないし18、七の1ないし24)の信用性について検討する。

まず、売上帳は、昭和五九年一〇月分が一部欠落しており、昭和五八年三月分については甲五及び甲一の二冊のノートに記載され、その両者の内容に食い違いが見られる。売上帳においては、商品別個数は「正」の字によって表示され、一品目について一日当たり二〇まで記載できるスペースがあり、商品によっては二〇まで記載されている日が少なくないところ、控訴人は、原審(第一回)において、当該商品の販売個数が二〇を超える場合には定休日など別の日の欄に記載し、当該日の上欄に当日二〇を超えて販売された商品の個数について算用数字で記載したと供述するが、その記載の仕方自体不自然である上、販売個数が一日二〇を超える商品についてそれ相応のスペースを設けていないのは疑問である。控訴人は、原審(第一回)において、昭和六〇年四、五月ころの料金の改定前はモーニングサービスはトーストセットだけであり、右改定後におにぎりセットも加えた旨供述するが、トーストセット及びおにぎりセットの販売個数は売上帳には記載されていない。また、たばこ及びピンク電話の売上等についても売上帳に記載がない(原審における控訴人本人(第一回))。本件各係争年分の商品単価について明らかにすることのできる客観的資料はなく、一部の商品の単価、商品単価の改定時期及び現在の商品である「やまブレンド豆」及び「コーヒー券一〇枚組」を販売し始めた時期に関する控訴人の供述もあいまいである(原審における控訴人本人(第一回))。さらに、売上帳と日計表は同じ売上伝票に基づいて作成されたものであるなら、その合計金額が一致してしかるべきであるのに、原判決添付別表9のとおり差額を生じている月も少なくない(原審における控訴人本人(第一回)、弁論の全趣旨)。日計表は昭和五八年のもの及び昭和五九年一〇月から一二月までのものは提出されていない。加えて、控訴人は、現金出納帳を備え付けておらず(弁論の全趣旨)、売上帳により算出され、又は日計表に記載されている毎日の売上金額が正確なものであるかどうかを現金の出入りの観点から裏付けることができない。

これらの事実を総合考慮すると、売上帳及び日計表に販売個数や売上金額がもれなくしかも正確に記載されているか疑問であり、これらにより本件各係争年分の売上金額を把握することは困難である。

3  次に、一般経費について検討するのに、控訴人は、昭和五八年分については、一般経費額を裏付ける証拠を何ら提出していない。また、経費帳(甲八、九)の記載と領収証(甲一五、一六)を対照とすると、控訴人に対して発行されたのか明らかでない領収証に係る経費についても経費帳に記載されており、あるいは、家事関連費と認められるべきものも経費帳に記載されている。駐車場料金やガソリン代の記載に見られるように記載順序が必ずしも取引の順序に従って記載されていないものも存する。以上の事実を考慮すると、経費帳記載の一般経費がすべて売上金額に対応するものであるか疑問であり、これにより本件各係争年分の一般経費額を把握することは困難といわざるを得ない。なお、経費帳のうち売上原価に当たる仕入れ金額については、仕入れ先ごとに品目、数量、金額が日付順に、取引実額を把握できる程度に整然と記載されており、その信用性は高いというべきであるから、被控訴人がこれに基づき売上原価を把握したことについては何ら問題はない。

4  さらに特別経費について検討するのに、まず、本件各係争年分の雇人費を立証する証拠としては控訴人が自ら給与を支給する都度記載したという給与ノート(甲一九)の記載と控訴人の供述(原審第一、二回)しかないところ、控訴人は、従業員に対し、給与を支給する際に領収証を提出させておらず、また、源泉徴収をしていないこと(原審における控訴人本人(第一、二回))に照らすと、控訴人が従業員に対し給与として給与ノート記載の金額を支給したのか疑問である。

次に、本件建物の三階は控訴人が自宅として使用し、二階はアパートとして他に賃貸しているところ、これらは控訴人が営む喫茶店営業とは関係がないから、控訴人が主張する減価償却費及び支払利息の中には特別経費と認め得ないものが含まれており、したがって、控訴人主張の減価償却費及び支払利息の全額が特別経費となるものではない。

5  ところで、推計は、課税庁が認定の対象となる金額について実額調査できないときのやむを得ない代替手段として認められる認定方法であり、所得税法一五六条は、その文言に照らすと、税務署長に対し、所得金額自体を推計することを許しているものと解される。そして、推計の必要性及び合理性を基礎付ける事実が認められる場合には、課税庁がした推計による更正処分は適法なものと評価され、これに対して被課税者は実額を立証することにより右推計を破ることができるが、そのためには、推計の対象が所得金額であることと照らし、真実の所得金額、すなわち、当該係争年分の総収入金額及び必要経費の双方を主張立証(本証)する必要があるというべきであり、その場合には、所得税法が青色申告者に対し貸借の簿記の原則に従って、整然かつ明瞭に記載することを要求する反面、青色申告者を推計課税の対象から除外していることにかんがみ、原則として、正規の簿記の原則に従って作成された法定の会計帳簿ないしは、それに準じる帳簿類による立証が必要であり、これらが存在しない場合には、原始記録のすべてが取引に接着して作られ、かつ、完全に保存されているとともに、右原始記録の保存等が法定の会計帳簿と同程度に信用できる状態にあることが証明されなければならないと解すべきである。

そこで、右の観点から本件をみると、前記のとおり控訴人により本件各係争年分の売上金額がもれなく立証されたわけではないし、控訴人の主張する一般経費及び特別経費についても当該売上金額に対する経費となり得ないものが含まれていないとはいえないのであって、真実の所得金額の立証がされたとは到底いえず、控訴人の実額反証を認めることはできない。また、控訴人は、売上金額、一般経費及び特別経費の全部又は一部を立証することにより、推計の合理性を争う旨主張するが、これについての控訴人の立証の結果は前記のとおりであり、被控訴人が所得金額の推計を行うに当たり前記の売上原価率、一般経費率及び特別経費率を使用して売上金額、一般経費の額及び特別経費の額を算出した点について格別問題があるとはいえず、控訴人の右立証により推計の合理性についての前記判断に何ら消長を来すものではない。

四  結論

よって、控訴人の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 坂井満 裁判官 伊名波宏仁)

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